月やあらぬ春や昔の
[詞書] 五条のきさいの宮のにしのたいにすみける人に本意はあらでものいひわたりけるを、睦月のとをかあまりになむほかへかくれにける、あり所はききけれどえ物もいはで、又の年の春むめの花さかりに月のおもしろかりける夜、こぞをこひてかのにしのたいにきて月のかたぶくまであばらなるいたじきにふせりてよめる
月や*1あらぬ 春や昔の 春ならぬ
わが身ひとつは もとの身にして
月は昔の月ではないのだろうか、春は昔の春ではないのだろうか。どちらも変わってしまったのだ……私だけが何も変わらずに。
(今更取るに足らない昔の恋を、こんなにも懐かしく思い出すなんて)
[詞書]現代語訳
続きを読む五条の后の宮*3の西の対に住んでいた人に本来の意志ではなく言い寄っていたが、一月十日頃に他所へ姿を隠してしまった。居場所は聞いていたが何も話すことはせず、翌年の春、梅の花が盛りで月の趣深く見える夜、去年のことを恋しく思い西の対に来て、月の傾くまであばら家の板敷きに臥せって詠む