かつ見ればうとくもあるかな

[詞書]月おもしろしとて凡河内躬恒*1がまうできたりけるによめる



かつ*2見れど うとく*3もあるかな
月影の いたらぬ里も あらじと思へば


紀貫之古今集・雑上・八八〇)


今宵の月を美しいと見る一方、薄情にも感じられてしまう。この美しい月影が届かない里はないのだと思うと。
(気の合う友と過ごすこの時、私たちのためだけに月が照ってくれればよいのに)

*1:おおかふちのみつね

*2:且つ〔副〕:二つの事柄が同時に進行していることを表す。一方では〜し、他方では〜する。

*3:疎し〔形〕:疎遠な、関係が薄い

続きを読む

月影にわが身を換ふる

[詞書]題しらず



月影に わが身を換ふる 物ならば
つれなき人も あはれ*1とや*2見む


壬生忠岑古今集・恋二・六〇二)


もし私のこの身を月の光に換えられるなら、つれないあの人も、風情ある月を眺めるように私のことを見てくれるでしょうか。
(私は、あの人の眼に好ましく映りたい、ただそれだけなのです。)



★ 未然形 + ば ★

用言の未然形 + 「ば」=順接の仮定条件
 意味:もし〜だったら、〜なら

*1:あはれ〔名〕:(1)しみじみとした感動・風情・情緒。(2)哀愁、寂しさ。(3)愛情、人情

*2:や‐む(推量の助動詞「む」連体形):係り結び〈疑問〉

続きを読む

月やあらぬ春や昔の

[詞書] 五条のきさいの宮のにしのたいにすみける人に本意はあらでものいひわたりけるを、睦月のとをかあまりになむほかへかくれにける、あり所はききけれどえ物もいはで、又の年の春むめの花さかりに月のおもしろかりける夜、こぞをこひてかのにしのたいにきて月のかたぶくまであばらなるいたじきにふせりてよめる



月や*1あらぬ 春や昔の 春ならぬ
わが身ひとつは もとの身にして


在原業平*2古今集・恋五・七四七)


月は昔の月ではないのだろうか、春は昔の春ではないのだろうか。どちらも変わってしまったのだ……私だけが何も変わらずに。
(今更取るに足らない昔の恋を、こんなにも懐かしく思い出すなんて)



[詞書]現代語訳

五条の后の宮*3の西の対に住んでいた人に本来の意志ではなく言い寄っていたが、一月十日頃に他所へ姿を隠してしまった。居場所は聞いていたが何も話すことはせず、翌年の春、梅の花が盛りで月の趣深く見える夜、去年のことを恋しく思い西の対に来て、月の傾くまであばら家の板敷きに臥せって詠む

*1:や‐ぬ:係り結び〈疑問〉 第三句も同様。

*2:ありわらのなりひら

*3:きさいのみや:后(天皇の夫人)の敬称。

続きを読む

しのぶれど恋しき時は

[詞書]題しらず


しのぶれ*1ど 恋しき時は
あしひきの*2 山より月の 出でてこそ*3くれ


紀貫之古今集・恋三・六三三)


逢いたい気持ちを抑えていても、貴女を恋しく思った時は、山から月が出てくるように貴女のもとを訪ねてしまうのです。
(またすぐにお訪ねしますよ。だからきっと、そのときも優しく迎え入れてくださいね。)



★和歌の修辞★

枕詞(まくらことば):特定の語について、語調を整えたり情緒を伴わせる言葉。

 ※特に意味を持たないので、現代語訳をするときは枕詞の意味は考えずに訳す。

*1:忍ぶ〈動・バ行上二段〉:(1)耐える、我慢する (2)秘密にする

*2:足引きの〈枕詞〉:「山」「峰(を)」などにかかる。

*3:こそ‐くれ(カ変動詞「来」の已然形):係り結び〈強意〉

続きを読む

朝ぼらけ有明の月と

[詞書]やまとの国*1にまかれりける時に、雪のふりけるを見て詠める


朝ぼらけ*2 ありあけの月と 見るまでに
吉野*3の里に 降れる*4しらゆき


坂上是則*5古今集・冬・三三二)


夜明け頃、空に残った有明の月の光が明るく射しているのかと見紛うほどに、吉野の里に降り積もった白雪であったよ。
(その眩さに思わず目を覚ましてしまったが、その代わり、この美しい景色を見ることができた。)

*1:大和国:今の奈良県

*2:朝ぼらけ〔名〕:朝、ほのぼのと明るくなってくる頃。夜明け方。

*3:吉野:奈良県南部の地名。桜の名所として名高い。

*4:る:存続の意味を持つ助動詞「り」の連体形。参照:助動詞「り」

*5:さかのうえのこれのり

続きを読む

おほぞらの月のひかりし

おほぞらの 月のひかりし*1 清ければ
影見し水ぞ*2 まづこほりける


よみ人しらず(古今集・冬・三一六)


空に昇った月の光があまりに冷たく清らかなので、その光を見た水がまず氷ってしまったようだなあ。
(冬の澄み切った夜空は、冴え冴えとした月の美しさを引き立てている。)



★ 已然形 + ば ★

用言の已然形 + 「ば」=順接の確定条件
 意味(1)原因・理由(〜ノデ、〜カラ)
    (2)続いてある事柄が起こる(〜スルト、〜シタトコロ)
    (3)恒常条件(〜スルトイツモ)

*1:し〔副助〕:語調を整え、強意を表す。

*2:ぞ‐ける:係り結び〈強意〉

続きを読む