ふたつなき物と思ひしを

[詞書]池に月の見えけるをよめる



ふたつなき 物と思ひしを
水底の 山の端ならで*1 いづる月かげ


紀貫之古今集・雑上・八八一)


この世にふたつとないものだと思っていたのに、水底から、山の端ではないところなのに月が出てきている。
(こんなところにも、月の美しい風景があったとは!)



★「山の端」と「山際」★

山の端(やまのは)… 山の、空に接する境界のあたり。
山際(やまぎは)… 空の、山に接する境界のあたり。

 「山際」は、教科書でもよく取り上げられる『枕草子』でお馴染みです。
 「山の端」は月を詠んだ歌ではよく出てくる単語です。

*1:で〔接助〕:打消の意味を含む接続助詞。〜なくて。〜ないで。〜ずに。

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小夜ふけてあまのと渡る

[詞書]題しらず



小夜ふけて あまのと*1渡る 月影*2
あかず*3も君を あひ見*4つるかな


よみ人しらず(古今集・恋三・六四八)


夜が更けて、天上の道を渡ってゆく月の光のもと、時を忘れていつまでも貴女と契りを結んだことです。
(美しい月の光に包まれた、まるで夢のような時間でした。今も貴女が恋しくて仕方がありません。)

*1:天の戸・天の門〔名〕:天上の、月や太陽が渡る道。

*2:つきかげ〔名〕:(1)月の光、月明かり (2)月の光に照らし出された影 (3)月の姿

*3:飽かず:飽きない、ずっといつまでも

*4:逢ひ見る〔動・マ行上一段〕:対面する、男女が関係を結ぶ

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おそくいづる月にもあるかな

[詞書]題しらず



おそくいづる 月にもあるかな
あしひきの*1 山のあなた*2も 惜しむべらなり


よみ人しらず(古今集・雑上・八七七)


夜遅くに出てくる月であるなあ。山の向こうも、月が空を昇っていってしまうのを惜しんでいるかのようだ。
(きっと、私たちが沈んでいく月を惜しむ気持ちと同じなのだろう。)



★特殊な助動詞の用法「べらなり」★

 意味:〜ようだ。〜しそうだ。〜するに違いない。
 接続:助動詞「べし」と同じく、終止形につく。ラ変型活用の用言には、連体形につく。

 ※三代集(「古今集」「後撰集」「拾遺集」)の時代に、和歌でよく使われた。

*1:足引きの〔枕詞〕:「山」「峰(を)」などにかかる。

*2:彼方〔名〕:遠称の指示代名詞。向こうの方、かなた、あちら。

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我が心なぐさめかねつ

[詞書]題しらず



我が心 なぐさめかねつ
更級*1や をばすて山*2に 照る月を見て


よみ人しらず(古今集・雑上・八七八)


私は自らの心を慰めることができずにいます。更級の姨捨山に照る月を眺めていると。
(美しく照る月は私の悪しき心を明らかにして、私を苦しめるのです)


★完了の助動詞「つ」・「ぬ」★

 意味:(1)完了(〜テシマウ、〜テシマッタ)
     (2)確述(キット〜、タシカニ〜)※助動詞「む」「べし」を伴うことが多い

※「つ」と「ぬ」の違い

 「つ」他動詞(その動詞の表す動作が他に働きかけるもの。目的語をとる動詞。「読む」「見る」など)について、その行為をする者の意志的な完了を表すことが多い。

 「ぬ」自動詞(その動詞の表す動作がそれ自身の働きとなっているもの。目的語をとらない動詞。「成る」「降る」など)について、無意識的な動作や自然に変わっていくようすを表すことが多い。

*1:さらしな〔地名〕:長野県更級郡(現在は合併されて無くなっている)あたりの地域名。千曲川姨捨山がある。

*2:姨捨山〔歌枕〕:正名は冠着山(かむりきやま)。月の名所。

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今来むといひしばかりに

[詞書]題しらず



今来むと いひしばかりに
長月の ありあけの月を 待ちいでつるかな


素性*1古今集・恋四・六九一)


今からお訪ねしますと貴方が仰ったばかりに、私は長月の夜長をやり過ごし、とうとう有明の月が見える頃まで貴方を待ち続けてしまいました。
(来て下さるつもりがないのなら期待させるようなことは言わないで下さい。独り私が悲しい想いをするだけなのですから)


★月の異称★

 一月…睦月(むつき)、孟春(もうしゅん)、初春(しょしゅん、はつはる)
 二月…如月(きさらぎ)、仲春(ちゅうしゅん)
 三月…弥生(やよい)、季春(きしゅん)、晩春(ばんしゅん)
 四月…卯月(うづき)、孟夏(もうか)、初夏(しょか・はつなつ)
 五月…皐月(さつき)、仲夏(ちゅうか)
 六月…水無月(みなづき)、季夏(きか)、晩夏(ばんか)
 七月…文月(ふみづき・ふづき)、孟秋(もうしゅう)、初秋(しょしゅう・はつあき)
 八月…葉月(はづき)、仲秋(ちゅうしゅう)
 九月…長月(ながつき)、季秋(きしゅう)、晩秋(ばんしゅう)
 十月…神無月(かんなづき)※出雲大社に日本中の神々が集まるため、出雲国では神在月(かみありづき)と呼ぶ※ 、孟冬(もうとう)、初冬(しょとう)
 十一月…霜月(しもつき)、仲冬(ちゅうとう)
 十二月…師走(しわす)、季冬(きとう)、晩冬(ばんとう) 

*1:そせい

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月夜よし夜よしと人に

[詞書]題しらず



月夜よし 夜よしと人に 告げやらば
来てふ*1に似たり 待たずしも*2あらず


よみ人しらず(古今集・恋四・六九二)


月が綺麗です、素敵な夜ですよと貴方に知らせたとすれば、来て下さいと言っているのと同じことです。決して待っていないわけではないのです。
(貴方なら気づかない訳もないでしょうに……一体何処へ行っていらっしゃったのでしょうね?)

*1:てふ:「といふ」の約まった形。

*2:しも〔副助〕:(打消の語を伴って)かならずしも〜ではない。

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おほかたは月をも愛でじ

[詞書]題しらず



おほかた*1は 月をも愛で*2
これぞこの つもれば人の 老いとなるもの


在原業平古今集・雑上・八七九)


そもそも私は月をも賛美しないだろう。月が昇って沈む、欠けては満ちる、その繰り返しが積もり積もれば、人の老いとなるのだから。
(人はこぞって月の美しさを賞賛するが、私はかえって無情であると感じるのだ)

*1:大方〔副〕:(1)一般に、およそ(2)そもそも、概して(話を切り出す時に接続詞のように用いる)

*2:めづ〔動・ダ行下二段〕:可愛がる、ほめる・賛美する、好む

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